オジサン NOW

還暦過ぎたオジサンのつぶやき

「やることが、次から次と…」

もう数年前からずっと、木工室のコンパネの床が凸凹になってひどい。歩くとブヨンブヨンして、作業台も片方が上がったり下がったりして安定しない。いつか、床のコンパネをはがして下の様子を見ようと思っていたが、何が出て来るか怖くて出来なかった。この木工室と物置には、かつてネズミがすごくいて、粘着シートのネズミ獲りを仕掛けると、翌日にはネズミがかかっていた。獲っても獲ってもキリがない。

木工室の床下もそうだが、天井裏もネズミの巣になっていると思われ、天井に詰めてた石綿らしきものも薄汚れて、はがれた天井板からはみ出している。ここも天井の中を見るのが怖い。かつて雨漏りがひどく、雪解けの時期になると雨のように天井から水が垂れていた。そんなこともあって、天井から床下まで水浸しになったからだろう。

       

 

3年ほど前から、また雪解け前に屋根に上がり、大量に積もった雪を捨ててから、雪解けに伴う水漏れもなくなった。最初の頃は、屋根の雪投げをまめにやっていたが、左肩の腱板断裂や腰部脊柱管狭窄症やヘルニアになったりして、段々とやらなくなった。その結果、雪解け時期に水分を多く含んだ屋根の雪の重みで、トタン屋根に隙間が出来、そこから溶けた雪が水となって大量に漏れた。

まずは床板をはごうと思ったが、その前に木工室にある大量の道具や木材などを何とかしなければ、何も出来ない。木工室の物を隣の物置に移すことにしたが、物置にはパソコンやモニター、ギターやキーボード、電気ストーブ、電子レンジ、オーブンレンジ等々、色々な電気製品の外箱がたくさんある。いつかまたリサイクルショップに売る時のために、外箱があると高く売れると思ったからだ。しかし、ほとんど処分することにした。

外箱を解体して畳んだので、これだけで収まったが、元はかなりの大きさだ。

 

商品の外箱の中に入っていた、たくさんの発布スチロール。

木工室入口の床のコンパネを剝がしたら、コンパネの下の木材が腐れて、ボロボロに崩れてる、それでコンパネが凸凹になっていた。わずかに砂利が入っていたが、ほとんどは土が出ていて、何度も歩いていたら下から水が出てきてドロドロになった。ここは元々が畑で土壌は水が多く、我が家を建てた時も基礎杭をかなり入れたと聞いている。だから、土や石を入れて固めても駄目だろう。

木工室も物置も、建設現場などで使う移動が簡単なプレハブなので、鉄骨の枠になっていて、床も鉄骨の基礎がある。今までも、その基礎の鉄骨に木材を乗せて、その上にコンパネを乗せた構造になっている。だから、今回も下の土はいじらずに、基礎の鉄骨に木材を乗せて、その上にコンパネを貼るしかない。

 

とても、今年中には終わらない。来年も再来年もやらなきゃ終わらない。10月から3月までの冬季間は、寒くて何も出来ないので、1年の内、半年間しか作業が出来ない。とにかく金がないので、木材なども出来るだけ家にあるものを使う。ただ、コンパネだけは新しいものを買わないとダメだ。コンパネに、防腐剤入ペンキも買って塗る。結構、金がかかる。かなり大掛かりなことになって来たけど、なんとか自力で修繕したい。

こうして意欲が少しずつ出て来たのは、1冊の本の影響がある。ドジャースの大谷も読んでいるという、「中村天風」の本だ。昔読んだことがあるが、今一つピンと来なかったが、今読んでみてその言葉に心を動かされた。その言葉の中で、ずっと心がけて実践していることがある。「感謝と歓喜を忘れるな」ということだ。一日が終わり、寝る前に必ず今日の有難かったことや、嬉しかったことを思い出すようにしている。

 

そして、朝起きると「今日も無事に朝を迎えることが出来た。ありがたい」と思う。その後、お日様に向かって「今日も1日、良い日になりますように」と言う。最初は、「こんなことして、なにか変わるのか?」と疑っていたが、1ヶ月くらい経ってから、なんとなく前向きな気持ちになって来た。それで、木工室の床や天井に手を付けたり、ジャズギターの練習を再開したり。

人間関係についても、パートの同僚の管理人や担当者も変わり、いつも協力してくれた入居者のオバサンとも会うことがほとんどなくなり、疎遠になった。そんなときに、中村天風の「本当に価値の高い自分の人生を生きて行こうと思ったならば、頼るな、すがるな」という言葉が胸に刺さった。自分の弱い気持ちが、今までの人間関係を悪くしていたことにも気づいた。

パートの仕事も今年から、週3日だったのが週4日になり、休日が3日になった。今までは4日休みだったのだが、この1日の差が結構大きくて、家事や雑用、家の整理などもあり、新たに木工室や物置でやることも増えたので、あっという間に3日間の休みが終わる。急にやることが増えて、忙しくなった。まあ、ボチボチやっていこうか。

「見かけは悪いが、中身はまあまあ」

一昨日、作った米粉パンは、出来上がり時にホームベーカリーの蓋を開けると、パンの周りが焦げて盛り上がり、中心は凹んでいた。失敗したかと思いながら、周りの盛り上がっているところを取った。これが、面白いくらいキレイに剥がれた。剥がれた後は、まあまの形状じゃないか。 

それからケースをひっくり返してパンを取り出し、裏側を見るとキレイに飴色に焼けていた。ケースの羽根を取ってから、キッチンペーパーに包んでビニール袋に入れたら、ズシッと重たい。これは案外、密度の濃い良いパンが出来たかもしれないと思った。持った感じでも何となく分かる。

剥がれた上の部分。おやつ代わりに食べた。一切、無駄にはしない。

上が剥がれた後の本体

かなり良い飴色の出来上りになった裏側。

その後、6時間ほど放置しておき、パン切り器とパン切り包丁で切ってみた。この瞬間が一番楽しみだ。中はどうなっているのか、密度が濃くなっているのか、餅のようにベトベトしていないかとか考えながら、切って行く。見てみたが、これがやはりイイ感じで、あまりベトベトもせず包丁にもくっ付かない。パンの密度もかなり濃くなっていて、今まで作った中でもかなり良い出来だ。

切ってみた。これくらいの密度なら、まあまあか。

見かけは悪いが、なかなか良い出来だったので満足した。何が良かったのか考えてみたが、今回も水の温度かなあ。今回は、40℃以上ではなくて30℃にしてみた。室内の温度も、最近は寒くなって18℃しかなかった。室温が低くなると水温を上げるような気がするが、実際には逆に水温も下げて行くようだ。それで、今回は30℃にしたが、20℃ならどうだったのだろうか。 来週も、室温が低ければ20℃でやってみよう。 ということで、まだまだ試行錯誤は続く。

「米粉パン作り、試行錯誤が続く」

まあしかし、米粉パン作りがここまで難しいとは、思ってもみなかった。ただ、「なかなか、うまく膨らまない」という話は何度も耳にしていたので、そんなもんかと思ってはいる。実際、出来上がりはボソボソだったり、スカスカだったり、餅みたいにねっとりしたり、というのばかりだが、それでもオーブン・トースターで焼いて、バターをつけて食べると美味い!

何度も噛むと、ジワーっと旨味が出てきて、食べる度に「美味いなあ~」と思う。小麦粉のパンを食べているときは、そんなことはまず無かったので、小麦よりも米の方が自分には合っていたのかもしれない。最近は焼きあがったものが、失敗作なのか成功作なのか、よく分からなくなって来た。これでもいいんじゃないか、と思ったりする。

ただ先日、米粉パン用の米粉の袋に、ホームベーカリーで焼くときは必ず「早焼きモード」でと書いてあるが、我が家のホームベーカリーにはその他に「米粉パン作りモード」があり、最初はそれでずっと作っていた。「早焼き」モードと比べると、焼き上がり時間が1分くらいしか違わないので、試しにどんなもんかと思い、「米粉パン作りモード」にしてやってみた。

            

これが、すごいことになった。ホームベーカリーの覗き窓から中を見ると、入口まで膨らんでいて「これは上手く行ったか!」と期待して蓋を開けたら、ビックリ!  パンが大量に周りに溢れ出していて、それが焦げていた。「なんだこりゃ!」と思いつつ、もったいないので焦げたのを食べたが、かき餅みたいだ。 ということで、この米粉では「早焼き」モードでないとダメ、ということが分かった。米粉も3回変えた。

冷凍庫で冷やしているドライ・イーストを30分前に出して常温にするとか、水の温度を25℃から40℃の間で色々と試したり、youtube動画で色々な人の作り方を見てたら、ホームベーカリーに入れる前に、ボウルで材料をトロトロに混ぜ合わせる人もいる。それと、米粉パン作り用の米粉にも種類が色々とあって、それによってもやり方が大きく違ったりして、とにかく色々な作り方がある。

youtube動画を見ると、オーブンでキレイに焼いている人もいるし、その人独自のやり方で上手に作っている人がたくさんいて感心する。それなのに、どうして俺は上手く出来ないのかと思う。水温も人によってそれぞれ違うし、混ぜ合わせる食用油も違う。砂糖もたいていは、キビ砂糖や甜菜糖を使うようだが、代わりにメープルシロップを入れている人もいた。自分もいつか、ハチミツを砂糖代わりに使ったらどうなるかと考えてもいる。

         

単純な作業だが、自分にとっては奥が深く、飽きないし、遣り甲斐もある。完璧なものがすぐ出来たら、すぐ飽きるだろう。なによりも、こうして自分が作ったものを食べて、「美味い!」と思うのだから素晴らしいことだ。 いつか家の前の庭でポット栽培とかで、ちょっとした野菜や果物を作り、それを食べたら最高だろうなあと想像している。朝食にミニトマトとブルーベリーは欠かせないので、そんなのをいつか作ってみたいな。

「2回目の米粉パン作り!」

2回目である米粉パン作りは、水温を30℃にしてみた。そして、10分後の粉落としの時に、パンケースの中の周りに付いた粉を落とし、撹拌されてドロドロと混ざり合っている米粉や砂糖や塩やドライイーストを、ヘラで更にかき混ぜた。これくらいでどうかと思い、それから約2時間半待った。

実はこの間に、買ったばかりのパン切り専用包丁で指を切ってしまったが、痛いのなんのって。 結構、刃が鋭くてこれほど簡単に切れるとは思わなかった。急いでティッシュで血が吹き出て来るのを押さえ、すぐサビオを2枚強めに貼った。このパン切り包丁、見かけより危険だな。

約2時間半後にホームベーカリーの蓋を開けて見た。外観は、1回目と同じようだが、前より若干膨らんでいるようだ。触ってみるとフワフワという弾力で、程よい感じだ。今回は、上手く行ったかと思い、キッチンペーパーで包んでビニール袋に入れた。そして2時間後に開けて、食パン切器を使って専用包丁で切ってみた。中を見てみると、ちょうどいい感じで、フワフワして美味そうだ。

          

まあまあ上手く行ったと思うが、パンの中心部にホームベーカリーの羽根が入ってしまうので、そこが空いてしまう。これは、仕方ないのだろう。しかし、こちらで買った米粉パンは、より密度が高くて、断面はゴムを切ったようだった。もっと水っぽくてコメの香りがした。米粉のメーカーによっても違いがあるようで、ふくらみが多くなったり、更に米油を入れてるようでシットリとしている。まだまだ、奥が深いなあ。

これから色々と試してみよう。 ところで、若い頃からパン職人を目指して、料理学校にでも行けば良かったなあと思ったりした。しかし当時は、というより今までずっと料理に関心がなかったからなあ。70歳からパン作りとは、遅咲きもいいところだな。

実は、この翌日にも米粉パンを作ってみた。さらに密度が高くて、イイ感じに仕上がった。スタートから10分後の粉落としのときに、前よりも念入りにヘラで混ぜたからかな。今度は米油を入れてみようかな。色々な米粉パン作りのyoutube動画があり、その中でみんなが薦めているパン粉もあるので、それもいつか使ってみよう。チャレンジ!チャレンジ!

 

     

「病は気から?」

 

2日前に、次男坊の嫁さんが運転する車に、孫2人が乗って来た。下の孫は自分の自転車を見て「オオー!」と言って、目を輝かせた。嫁さんは、「あのボロボロだったグリップが、新しくなったんですねえ!」と言った。そして、「これから、ジイチャンが何でも直してくれるね!パンクしても直してくれるよ!」と、孫達に向かって言った。ゲゲゲー!パンク直しかぁ…。 youtube動画で調べてみるか。いよいよ、本格的に自転車屋になりそうだな。

ということで、そのまま孫2人は我が家で遊んで行くことになった。しかし、ジイサンは朝9時半に家を出て、車で30分ほどの所にある税務署で確定申告をやって来て、帰りにカツ丼を食べて、買い物をして帰って来たので、少々疲れている。周り将棋やらドンジャラをやったが、休んで何度も横になった。体力がなくなってるなあと感じる。

孫達も飽きて来て午後3時半頃に帰ったが、持って来た空気の抜けたサッカーボールに空気を入れてやった。それから、溜まっていた洗濯物を2回洗濯した。それを干してから、晩飯を食べて風呂に入ったが、疲れがなかなか取れない。体力が少しでも付くものが何かないかと、ネットで調べた。

 

       

カタログハウスの「もろみ黒酢」というのを以前、飲んでいたことを思い出し、また飲んでみようかと思った。しかし、1年間の定期コースで飲んでみたが、実感するような効果があったかと言うと、なんとも言えない。他に何があると考えてみたが、かつて色々と試してみたサプリメントや効能茶も、どれも1ヶ月から半年以上は続けたが、ハッキリと効果を感じたものがない。結局、そんなものはないのかもしれないと思って来た。

「病は気から」という言葉があるが、そうかもしれない。 パートの仕事で、なにか問題が起きて休みなく走り回っていたら、「あれ?なんか体調がいいぞ」と思ったことが何度かある。色々と考える暇がないくらい動き回っているときに。 そんなとき、「病は気から」なのかもしれないと思ったりする。でも、体力は間違いなく歳と共に落ちている。

「孫のチャリンコ、整備終了!」

近くに住む次男坊の嫁さんから、子供達の自転車を冬の間、置くところがないので預かってもらえないだろうかということで、我が家の物置にスペースがあるので預かることにした。最初は、上と下の孫の2台の自転車を物置に入れて、ずっとそのままにしていたが、何度も見ている内に、3歳離れている小1の下の孫の自転車が、兄貴の御下がりでボロボロで錆びだらけなのに気づいた。

兄貴の自転車は去年買ったばかりで、まだ新しい。なんか下の孫が不憫になって来て、それなら少しでも良くしてやろうじゃないか、という気持ちがムラムラと湧いて来た。色々と構想を練ったが、まずグリップがボロボロだったので、それを交換できないかと考えた。それと、ベルが老化していて汚い。Amazonで調べてみたら、価格的にも大したことがないので買った。取り換え方法は、youtube動画で調べた。

少し破れていたサドルはサイズがよく分からず、サドルを外して近くの自転車屋に持って行き、確認してもらってから買った。3千円ほどだった。交換したのはそれだけで、後は自転車のハンドルやタイヤの泥除けカバー、カゴなどがかなり錆びついていたので錆落としをして、光沢仕上げの黒スプレーで塗装をした。この黒スプレーは、ツヤがあってキレイだが、少し安っぽく見える。光沢がない方が渋い元の色に近く、次回は光沢なしにした方が良いかもしれない。

           

雪ももう降る気配もなく暖かくなって来たので、子供達が自転車を乗っているのを見かけるようになった。次男坊の嫁さんからも、そろそろ自転車を取りに行くという連絡が来るかなと思っていたが、こちらからメールしてみた。すると「子供達も来週末から春休みになるので、金曜日に取りに行きます」と返信メールが来た。        

午後から大丈夫だと返事して、下の孫の自転車のグリップやサドルやベルを新しいのに交換したと書いたら「あのグリップを交換したんですか?すごい!」と驚いていた。 嫁さんも、兄貴の御下がりのボロボロの自転車を、少し気にしていたようだった。「私も見るのが楽しみです!ありがとうございます!」と書いてあった。やった甲斐があったかな。後は渡すだけだが、果たして孫と嫁さんは喜んでくれるかな。

何度も見てると、まだ錆があるところやスタンドの脚も塗装しようか、とか次々とやりたいことが出て来る。ビフォーアフターで、整備前の画像も撮っておけば良かった。

今回、たまたまこういうことをやることになったが、これは自分はもちろんのこと、孫のためにも良いことなのかもしれないなあと思うようになった。物を買ってやったり、美味い物を食わせに連れてやったりするのも良いけれど、こうして金はかからないが手間をかけて、再生した物を孫が見てどう思うだろうか。 

ボロボロの物でも、手間をかければこんな風になるのかと思い、その方が楽しくて喜びも大きいし、心に残ると少しでも感じてくれたら嬉しい。園芸家のターシャ・テューダーが「良いものほど、手間がかかる」と言っていたが、その通りだと思う。ITの先駆者のビル・ゲイツやステーヴ・ジョブスが、自分の小さな子供達に絶対にやらせないことは、スマホやタブレットなどのIT機器を持たせないことだという。

便利になったスマホやタブレットなどで、子供達に斜視、近視、発達障害、うつ病などが、かなり増えているという。大人でもスマホやタブレットの見過ぎで斜視になり、うつ病になるという。自分もスマホばかり見ているが、これも老人性うつ病にさらに拍車をかけているようだ。今まで、孫達にアナログの良さや楽しみを知って欲しいので、木工品を作ったり、本をたくさん買ってもやったが、こんな自転車整備でも何かを感じてくれたら良いなあと思う。

「米粉パン作りに挑戦!」

自分は小麦アレルギーのようで、とにかく小麦入りのものを食べると、途端に腹が緩くなり、ガスが異常に出てひどい状態になる。仕事をしていても、歩き屁というのか、蒸気機関車のように煙ではなく、ガスを出しながら動いているようだ。掃除のときも巡回のときも、とにかく所かまわず出るのでヒヤヒヤする。制御できないので、大きな音が出たときは、焦って周りを見渡す。

こんな風になったのは、60代中頃かな。前にも書いたと思うが、高齢者で胃の調子が悪いという人が多いのは、パン食が増えたからだと言っている医者もいる。調べてみたら、胃や腸の癌の人達はパン食の人ばかりで、パンをほとんど食べない人は癌になっていないという。毎朝、パン食にしているので小麦粉のパンをやめて、米粉パンにすることにした。

米粉パンに変えてから、驚くほど胃の調子が良くなった。ほとんど毎朝、いい便が出るようになるし、ガスも嘘のように出なくなる。それで、間違いなく小麦粉アレルギーなんだと分かる。小麦粉のグルテンという成分は糊みたいなもので、胃腸の壁にベッタリ張り付くと言われている。これが悪いらしい。

 

      

そんなことで今は、米粉パンを食べていて、以前はAmazonで米粉パンを買っていた。しかし、生産が本州なので冷凍便で来るので送料が高く、価格が高い。それで、道内の米粉パンを作っているところを探し、やっと富良野の米粉パン専門店を見つけた。価格も、Amazonよりかなり安い。これはいいと思っていたら、旭川に移転して昨年末からまだ開店していない。仕方なく、またAmazonで買っていた。

その内、これは自分でホームベーカリーを買って作った方が安上がりだし、色々とメリットもあると思ってきた。「米粉パン作りに適している、ホームベーカリーの機種は?」と、ネットで検索したら「シロカ」というメーカーの「SB-SD151」という機種があった。価格は、9,980円だった。これなら、自分で米粉パンを作ったら、材料費も含めても3~4ヶ月で回収できると思って買った。

実際に作るまで、準備のための日数が結構かかった。何と言っても老人性うつ病なので、いざ腰が上がるまでに時間がかかる。少しずつ少しずつ、やって行った。youtube動画で、ホームベーカリーの米粉パンの作り方がたくさんあったので見てみた。100均で、ミトン、ゴムヘラ、焼き立てパンを乗せる網、水の計量カップを買った。Amazonからは、デジタルはかり(0.1g単位の)、パン切りナイフ、水温を測る温度計を買った。

 

         

いよいよ、午前中から米粉パンを作りを始めようと思い、砂糖や塩、ドライイーストを測って入れる容器がそれぞれ必要になり、探してみたら有った。その各容器にデジタルはかりで、材料を測って入れた。ドライイーストは軽いので、その辺に飛び散らかった。一番最初に入れる水は、部屋の温度が20℃くらいで、水温は18℃くらいだったので、そのまま入れた。室温が25℃以上だと約5℃の冷水、10℃以下だと約20℃の水、上記以外は約15℃~20℃というのが基本だ。室温が20℃だと、どうなのか?

ホームベーカリのスイッチを入れてから10分で、粉落としという作業があり、ゴムヘラで容器の中の飛び散った粉などを取る。そのとき、中心に撹拌されている米粉等を、ゴムヘラでもっと混ぜたら良かったのかもしれない。というのは、出来上がりを見ると発酵し過ぎなのか、パンの中が空洞になり、少し生渇きで臭いがした。まあ食べれないことはないので、もったいないし、食べることにしたが、端っこをちぎってオーブンで焼いて食べたら美味しかった。

 

最初はこんなものか。(笑) 米粉パン作りは、こうした失敗作が多いようで、満足な出来になるまで時間がかかりそうだ。また来週末に作る予定だ。孫の自転車整備もそうだが、少しずつだが物作りの意欲が出て来た。休日に寝てばかりいる生活から、少しずつ抜け出して来ている。ずっと寝たきりだったのが、80代でミシンでバックを作ることに目覚め、生きがいを持ってやっている人も居る。自分も70歳になったが、まだまだ色々なことに挑戦して、楽しく張り合いのある人生を生きて行こう。

「白内障手術、やりました!」

右目の白内障手術をやった。かなり右目がぼやけていて、あまり進行すると手術も面倒になると書いてあるのを見て、これは今の内にやった方がイイと思った。スマホも結構見てるし、パソコンなどは家に居るときはずっと見てるし、本もたまに読む。今までは、常に右のメガネが曇っているような状態なので違和感もあり、目が疲れた。ということで手術をすることになり、ずっと通っていた眼科の個人病院ではなく、今回は違う個人病院にした。

今まで通っていた病院の先生は、物静かで話もよく聴いてくれる良い先生だ。しかし、手術も術後の手当てもかなり慎重で、術後の規制や通院の日数がかなりかかるのが難だった。ちなみに、術後に眼帯をしたまま運転をして良いかと看護師さんに聴くと、「絶対にダメです」と強く言われた。しかし、今度の病院はダメとは言わない。結局、今回の手術の行き帰りにタクシーを頼んだが、往復で5千円もかかった。車を運転して行けば良かったと、愕然とした。 

翌日の診察は、眼帯をして片目運転で行った。視力検査も化膿の検査も大丈夫だった。ただ、手術した目の右側がキラキラと点滅するので、先生の診察のときに話したら「慣れるしかないですね」とのこと。いい加減だな。(笑) 右目のくもりはなくなったが、ぼやけて見えてパッとしないときもある。眼鏡を作り直すにしても、約1ヶ月経ってからでないと安定していないのでダメだと言われた。もう少し待とう。

                  

ちなみに片目運転は、交通違反で警察に捕まるのかと心配していたが、もう一人の管理人がネットで調べてくれて、「片目の視力が、0.7以上あれば大丈夫です!」と教えてくれた。それまで、メガネの上からかける大きなサングラスをして運転しようと思っていた。そういえば、田舎で片目にずっと眼帯をしていたオジサンがいつも運転していたのを見ていたので、「片目運転でも違反にならないんだなあ」と思ったことがあった。

手術が終わってから、少し離れたところに「ほっともっと」があったことを思いだし、弁当を買って帰ろうと思って、寒かったが歩いて行った。ところが、そこではなくて、カレー屋の「ココ壱番屋」があった。仕方なく、ここで昼飯を食べることにした。思い切って、千円近いカツカレーにしたがこれが大失敗で、カツは人口肉かというくらい味気なかった。そこから、またタクシーで帰ったが、来た時と同じ女性ドライバーだった。      

      

そういえば、手術のことを書いていないが、朝9時45分に病院に行き、瞳孔を開く目薬などを3回ほどさしてから1時間後に、手術室の待合室に呼ばれた。上の服を脱いで手術用の服に着替えて、頭に紙の帽子の様なものを被せられて、耳に綿を詰められて、隙間から水が入らないように紙テープで数カ所留められた。手術中は水で目の中を何度も洗浄していたので、その為だった。

手術室には、左側に大きなモニターがあって、そこからだと思うが「ピーポー!パーポー!」と、変な電子音が手術中ずっと鳴っていた。何なんだろうと手術中にずっと考えていた。眼圧とかそんなことなのか?それとも先生の個人的趣味か?ということはないだろうな。

顔全体に布を被せて、手術する右目だけ布が開いていて、右目をなにかで押さえて開きっ放しにしていたようだった。だから手術中はずっと訳の分からない光や、明かりが見えていた。20分間の短時間ではあるが、手術というだけあって簡単なことではないなあと思った。 目がだいたい回復し、ボヤケてるのが無くなったので心機一転、これからまた頑張りたい。

「暖かくなって、やる気も出て来たゾ!」

積もっていた雪もほとんど溶け、道路は舗装が出ている。やっとだ。ついに、待ち焦がれた暖かい季節がやって来る。パート先マンションの午前中の廊下掃除は、1階から9階までで2棟ある。廊下の窓は後で付け足したそうで、簡易なプレハブ用の窓らしい。だから、冬季間は外にいるくらい気温が低い。

窓ガラスは全体がしばれてしまい、氷の結晶が見える。それが少しでも暖かくなると、溶けて廊下に流れてビショビショの大洪水になる。当然、結露もすごい。去年、両棟の4階から9階まで、専用の窓と取り替える工事をやった。予算の都合で、1階から3階は、そのままだ。だから、両棟の1階から3階が、今でも大洪水になっている。

ということで、冬季間は極寒の廊下を掃除することになる。耳当てをして、防寒手袋の下にさらに薄い絹の手袋をもう1枚履く。それでも、手が冷たい。鼻水が出て止まらなくなる。何度もティッシュで鼻をかむが、キリがないので汚いが手袋でサッと鼻水を拭う。 週4日の仕事が終わると手袋を家に持ち帰って、洗濯する。それが段々と暖かくなって、耳当てが必要なくなり、手袋も薄いものだけで良くなり、鼻水も少なくなった。

         

今、暖かくなったので、木工室で下の孫の御下がりの自転車を改良している。ハンドルが錆びだらけで、グリップも壊れているし、ベルも劣化して汚れてる。よく見ると、自転車のあちこちの塗装が剥げて、錆びている。これらを少しでも良くしようと思って、やってみた。錆落としの液体や塗装の油性黒スプレーも、ホームセンターで買って来た。グリップとベルは、Amazonで買った。

この改良が思いのほか上手く行き、段々と楽しくなって来た。孫の驚く顔を想像すると、嬉しくなる。上記の改良はだいたい終わったが、そうなると他のところのアラも目に付いてくる。今度は、ハンドルのブレーキやギアチェンジのところの樹脂のクスミが気になって来た。ネットで調べたら、「樹脂光沢復活剤」というのがあったので早速、Amazonに注文した。 これで、テカテカに磨いてやるつもりだ。

さらに、新しい管理人にそのことを話してたら、座るサドルも交換したらどうかと言う。実は、サドルの後ろ側が少し破れていて、修理するのは無理だと諦めていたが、成程、交換すれば良いのか! すぐ、Amazonに注文した。良さそうなのが、2,000円であった。ベルとグリップで、約1,300円。 さらに、錆落とし液と黒スプレーで約3,000円。ただし、錆落とし液と黒スプレーは、まだまだ使える。

後はサドル交換や、ギアやチェーンに潤滑油をさすだけ。

下の孫の自転車が終わったら、今度は上の孫の自転車を見てみるつもりだ。但し、上の孫の自転車は去年の春に買ってやったばかりで、それほど痛んでいないはずと思っていたが、よく見てみると少し塗装が剥げたりしている。やるしかない。(笑) それにしても、孫の自転車の改良がこれほど遣り甲斐があり、楽しいものだとは思ってもみなかった。これから毎冬、我が家の物置で預かることになるので、その度にメンテンナンスしてやろう。楽しみが出来たゾ~。

「これからどうしようか?」

今のマンションの管理人で働いて、来月で4年間勤めたことになる。あっという間に、4年も経った。 そして、最初からずっと管理会社の担当者だったA氏が、昨年11月で他の会社に引き抜かれて辞めた。その後、入社3年目の女性Bが担当になった。しかし、今年1月いっぱいで辞めた。

原因は、前任者から仕事を引き継いだが、あまりのずさんさにノイローゼ気味になり、辞めたという。当然だった。まず、驚くことに入居者のデーターがほとんど本社に無いという。さらに、駐車場を契約している人のデータも無いという。管理会社なのに、そんなことが有るのかと驚いた。その他、放っておいた問題が山積みだった。それが、担当している他の4つほどのマンション全部だったから大変だ。

前任者のAに、何度も何度も新たに入居した住民を知らないと色々と困るから、入居者表をもらえないかと再三頼んでいたが、なかなかもらえず、やっと2年前にもらえた。そして、駐車場の一覧表も。 後任のBさんは現在、誰が入居しているのか、退去しているの分からないと言う。本社に、そのデータが無いのかと聴いたら、無いという。それで、管理人室にある2年前の書類をFAXで送って欲しいと、恥ずかしそうに言った。駐車場の一覧表もと。

       

もう、信じられなかった。本社に一番大事なデータが無いなんて。前任者のA氏は、緊急性の高い漏水事故だけに精力を注いで、他のことはほとんどやっていなかったようだ。ということで、今は本社にいる女性事務員が交替で、このマンションの対応に当たっている。毎回電話すると、違う人が電話に出る。4人くらいが居て、その内の経理担当の女性が「一応、自分が担当かな?」と言っている。

この女子事務員、月に10日ほどの勤務で、毎月出る日にちが変るという。そして、勤務時間は朝9時半から、午後2時半までだ。 アルバイトやないかい! 他の女子事務員も同じようだ。というような状況で、今は騒音とか外国人入居者の問題が出て来ているが、相談してもおかしなことばかり言うし、「そうしてもらわないと困るんです」の一点張りで、訳が分からない。

入社時から一緒にやって来た担当者A氏も辞めたし、後任者Bさんも辞めた。そして、一緒に入社した管理人O氏も辞めさせられ、みんな居なくなった。自分も、ソロソロ引き時かなと思って来た。しかし、新たな仕事を探してみても、相変わらずなかなか良さそうなものが見つからない。まして、自分のような高齢者には江別市内だけでは、なかなか見つからない。

          

今ここを辞めても、代わりになる仕事がなければ生活出来ない。絶望感に襲われるが、それでも夢を抱いて前に進むしかない。倹約して金を貯めて、その金でトレードをまた始めて、いずれはトレードだけで生活できるようになりたい。パートは辞めて、自宅でトレードに打ち込む生活を夢見ている。棺桶に片足を突っ込んでいるような歳になったが、それでもまだ夢は捨てたくない。と言いつつ、久しぶりにロト7を買った。