
もう数年前からずっと、木工室のコンパネの床が凸凹になってひどい。歩くとブヨンブヨンして、作業台も片方が上がったり下がったりして安定しない。いつか、床のコンパネをはがして下の様子を見ようと思っていたが、何が出て来るか怖くて出来なかった。この木工室と物置には、かつてネズミがすごくいて、粘着シートのネズミ獲りを仕掛けると、翌日にはネズミがかかっていた。獲っても獲ってもキリがない。
木工室の床下もそうだが、天井裏もネズミの巣になっていると思われ、天井に詰めてた石綿らしきものも薄汚れて、はがれた天井板からはみ出している。ここも天井の中を見るのが怖い。かつて雨漏りがひどく、雪解けの時期になると雨のように天井から水が垂れていた。そんなこともあって、天井から床下まで水浸しになったからだろう。

3年ほど前から、また雪解け前に屋根に上がり、大量に積もった雪を捨ててから、雪解けに伴う水漏れもなくなった。最初の頃は、屋根の雪投げをまめにやっていたが、左肩の腱板断裂や腰部脊柱管狭窄症やヘルニアになったりして、段々とやらなくなった。その結果、雪解け時期に水分を多く含んだ屋根の雪の重みで、トタン屋根に隙間が出来、そこから溶けた雪が水となって大量に漏れた。
まずは床板をはごうと思ったが、その前に木工室にある大量の道具や木材などを何とかしなければ、何も出来ない。木工室の物を隣の物置に移すことにしたが、物置にはパソコンやモニター、ギターやキーボード、電気ストーブ、電子レンジ、オーブンレンジ等々、色々な電気製品の外箱がたくさんある。いつかまたリサイクルショップに売る時のために、外箱があると高く売れると思ったからだ。しかし、ほとんど処分することにした。


木工室入口の床のコンパネを剝がしたら、コンパネの下の木材が腐れて、ボロボロに崩れてる、それでコンパネが凸凹になっていた。わずかに砂利が入っていたが、ほとんどは土が出ていて、何度も歩いていたら下から水が出てきてドロドロになった。ここは元々が畑で土壌は水が多く、我が家を建てた時も基礎杭をかなり入れたと聞いている。だから、土や石を入れて固めても駄目だろう。
木工室も物置も、建設現場などで使う移動が簡単なプレハブなので、鉄骨の枠になっていて、床も鉄骨の基礎がある。今までも、その基礎の鉄骨に木材を乗せて、その上にコンパネを乗せた構造になっている。だから、今回も下の土はいじらずに、基礎の鉄骨に木材を乗せて、その上にコンパネを貼るしかない。


とても、今年中には終わらない。来年も再来年もやらなきゃ終わらない。10月から3月までの冬季間は、寒くて何も出来ないので、1年の内、半年間しか作業が出来ない。とにかく金がないので、木材なども出来るだけ家にあるものを使う。ただ、コンパネだけは新しいものを買わないとダメだ。コンパネに、防腐剤入ペンキも買って塗る。結構、金がかかる。かなり大掛かりなことになって来たけど、なんとか自力で修繕したい。
こうして意欲が少しずつ出て来たのは、1冊の本の影響がある。ドジャースの大谷も読んでいるという、「中村天風」の本だ。昔読んだことがあるが、今一つピンと来なかったが、今読んでみてその言葉に心を動かされた。その言葉の中で、ずっと心がけて実践していることがある。「感謝と歓喜を忘れるな」ということだ。一日が終わり、寝る前に必ず今日の有難かったことや、嬉しかったことを思い出すようにしている。
そして、朝起きると「今日も無事に朝を迎えることが出来た。ありがたい」と思う。その後、お日様に向かって「今日も1日、良い日になりますように」と言う。最初は、「こんなことして、なにか変わるのか?」と疑っていたが、1ヶ月くらい経ってから、なんとなく前向きな気持ちになって来た。それで、木工室の床や天井に手を付けたり、ジャズギターの練習を再開したり。
人間関係についても、パートの同僚の管理人や担当者も変わり、いつも協力してくれた入居者のオバサンとも会うことがほとんどなくなり、疎遠になった。そんなときに、中村天風の「本当に価値の高い自分の人生を生きて行こうと思ったならば、頼るな、すがるな」という言葉が胸に刺さった。自分の弱い気持ちが、今までの人間関係を悪くしていたことにも気づいた。
パートの仕事も今年から、週3日だったのが週4日になり、休日が3日になった。今までは4日休みだったのだが、この1日の差が結構大きくて、家事や雑用、家の整理などもあり、新たに木工室や物置でやることも増えたので、あっという間に3日間の休みが終わる。急にやることが増えて、忙しくなった。まあ、ボチボチやっていこうか。



























