オジサン NOW

還暦過ぎたオジサンのつぶやき

「2回目の米粉パン作り!」

2回目である米粉パン作りは、水温を30℃にしてみた。そして、10分後の粉落としの時に、パンケースの中の周りに付いた粉を落とし、撹拌されてドロドロと混ざり合っている米粉や砂糖や塩やドライイーストを、ヘラで更にかき混ぜた。これくらいでどうかと思い、それから約2時間半待った。

実はこの間に、買ったばかりのパン切り専用包丁で指を切ってしまったが、痛いのなんのって。 結構、刃が鋭くてこれほど簡単に切れるとは思わなかった。急いでティッシュで血が吹き出て来るのを押さえ、すぐサビオを2枚強めに貼った。このパン切り包丁、見かけより危険だな。

約2時間半後にホームベーカリーの蓋を開けて見た。外観は、1回目と同じようだが、前より若干膨らんでいるようだ。触ってみるとフワフワという弾力で、程よい感じだ。今回は、上手く行ったかと思い、キッチンペーパーで包んでビニール袋に入れた。そして2時間後に開けて、食パン切器を使って専用包丁で切ってみた。中を見てみると、ちょうどいい感じで、フワフワして美味そうだ。

          

まあまあ上手く行ったと思うが、パンの中心部にホームベーカリーの羽根が入ってしまうので、そこが空いてしまう。これは、仕方ないのだろう。しかし、こちらで買った米粉パンは、より密度が高くて、断面はゴムを切ったようだった。もっと水っぽくてコメの香りがした。米粉のメーカーによっても違いがあるようで、ふくらみが多くなったり、更に米油を入れてるようでシットリとしている。まだまだ、奥が深いなあ。

これから色々と試してみよう。 ところで、若い頃からパン職人を目指して、料理学校にでも行けば良かったなあと思ったりした。しかし当時は、というより今までずっと料理に関心がなかったからなあ。70歳からパン作りとは、遅咲きもいいところだな。

実は、この翌日にも米粉パンを作ってみた。さらに密度が高くて、イイ感じに仕上がった。スタートから10分後の粉落としのときに、前よりも念入りにヘラで混ぜたからかな。今度は米油を入れてみようかな。色々な米粉パン作りのyoutube動画があり、その中でみんなが薦めているパン粉もあるので、それもいつか使ってみよう。チャレンジ!チャレンジ!

 

     

「病は気から?」

 

2日前に、次男坊の嫁さんが運転する車に、孫2人が乗って来た。下の孫は自分の自転車を見て「オオー!」と言って、目を輝かせた。嫁さんは、「あのボロボロだったグリップが、新しくなったんですねえ!」と言った。そして、「これから、ジイチャンが何でも直してくれるね!パンクしても直してくれるよ!」と、孫達に向かって言った。ゲゲゲー!パンク直しかぁ…。 youtube動画で調べてみるか。いよいよ、本格的に自転車屋になりそうだな。

ということで、そのまま孫2人は我が家で遊んで行くことになった。しかし、ジイサンは朝9時半に家を出て、車で30分ほどの所にある税務署で確定申告をやって来て、帰りにカツ丼を食べて、買い物をして帰って来たので、少々疲れている。周り将棋やらドンジャラをやったが、休んで何度も横になった。体力がなくなってるなあと感じる。

孫達も飽きて来て午後3時半頃に帰ったが、持って来た空気の抜けたサッカーボールに空気を入れてやった。それから、溜まっていた洗濯物を2回洗濯した。それを干してから、晩飯を食べて風呂に入ったが、疲れがなかなか取れない。体力が少しでも付くものが何かないかと、ネットで調べた。

 

       

カタログハウスの「もろみ黒酢」というのを以前、飲んでいたことを思い出し、また飲んでみようかと思った。しかし、1年間の定期コースで飲んでみたが、実感するような効果があったかと言うと、なんとも言えない。他に何があると考えてみたが、かつて色々と試してみたサプリメントや効能茶も、どれも1ヶ月から半年以上は続けたが、ハッキリと効果を感じたものがない。結局、そんなものはないのかもしれないと思って来た。

「病は気から」という言葉があるが、そうかもしれない。 パートの仕事で、なにか問題が起きて休みなく走り回っていたら、「あれ?なんか体調がいいぞ」と思ったことが何度かある。色々と考える暇がないくらい動き回っているときに。 そんなとき、「病は気から」なのかもしれないと思ったりする。でも、体力は間違いなく歳と共に落ちている。

「孫のチャリンコ、整備終了!」

近くに住む次男坊の嫁さんから、子供達の自転車を冬の間、置くところがないので預かってもらえないだろうかということで、我が家の物置にスペースがあるので預かることにした。最初は、上と下の孫の2台の自転車を物置に入れて、ずっとそのままにしていたが、何度も見ている内に、3歳離れている小1の下の孫の自転車が、兄貴の御下がりでボロボロで錆びだらけなのに気づいた。

兄貴の自転車は去年買ったばかりで、まだ新しい。なんか下の孫が不憫になって来て、それなら少しでも良くしてやろうじゃないか、という気持ちがムラムラと湧いて来た。色々と構想を練ったが、まずグリップがボロボロだったので、それを交換できないかと考えた。それと、ベルが老化していて汚い。Amazonで調べてみたら、価格的にも大したことがないので買った。取り換え方法は、youtube動画で調べた。

少し破れていたサドルはサイズがよく分からず、サドルを外して近くの自転車屋に持って行き、確認してもらってから買った。3千円ほどだった。交換したのはそれだけで、後は自転車のハンドルやタイヤの泥除けカバー、カゴなどがかなり錆びついていたので錆落としをして、光沢仕上げの黒スプレーで塗装をした。この黒スプレーは、ツヤがあってキレイだが、少し安っぽく見える。光沢がない方が渋い元の色に近く、次回は光沢なしにした方が良いかもしれない。

           

雪ももう降る気配もなく暖かくなって来たので、子供達が自転車を乗っているのを見かけるようになった。次男坊の嫁さんからも、そろそろ自転車を取りに行くという連絡が来るかなと思っていたが、こちらからメールしてみた。すると「子供達も来週末から春休みになるので、金曜日に取りに行きます」と返信メールが来た。        

午後から大丈夫だと返事して、下の孫の自転車のグリップやサドルやベルを新しいのに交換したと書いたら「あのグリップを交換したんですか?すごい!」と驚いていた。 嫁さんも、兄貴の御下がりのボロボロの自転車を、少し気にしていたようだった。「私も見るのが楽しみです!ありがとうございます!」と書いてあった。やった甲斐があったかな。後は渡すだけだが、果たして孫と嫁さんは喜んでくれるかな。

何度も見てると、まだ錆があるところやスタンドの脚も塗装しようか、とか次々とやりたいことが出て来る。ビフォーアフターで、整備前の画像も撮っておけば良かった。

今回、たまたまこういうことをやることになったが、これは自分はもちろんのこと、孫のためにも良いことなのかもしれないなあと思うようになった。物を買ってやったり、美味い物を食わせに連れてやったりするのも良いけれど、こうして金はかからないが手間をかけて、再生した物を孫が見てどう思うだろうか。 

ボロボロの物でも、手間をかければこんな風になるのかと思い、その方が楽しくて喜びも大きいし、心に残ると少しでも感じてくれたら嬉しい。園芸家のターシャ・テューダーが「良いものほど、手間がかかる」と言っていたが、その通りだと思う。ITの先駆者のビル・ゲイツやステーヴ・ジョブスが、自分の小さな子供達に絶対にやらせないことは、スマホやタブレットなどのIT機器を持たせないことだという。

便利になったスマホやタブレットなどで、子供達に斜視、近視、発達障害、うつ病などが、かなり増えているという。大人でもスマホやタブレットの見過ぎで斜視になり、うつ病になるという。自分もスマホばかり見ているが、これも老人性うつ病にさらに拍車をかけているようだ。今まで、孫達にアナログの良さや楽しみを知って欲しいので、木工品を作ったり、本をたくさん買ってもやったが、こんな自転車整備でも何かを感じてくれたら良いなあと思う。

「米粉パン作りに挑戦!」

自分は小麦アレルギーのようで、とにかく小麦入りのものを食べると、途端に腹が緩くなり、ガスが異常に出てひどい状態になる。仕事をしていても、歩き屁というのか、蒸気機関車のように煙ではなく、ガスを出しながら動いているようだ。掃除のときも巡回のときも、とにかく所かまわず出るのでヒヤヒヤする。制御できないので、大きな音が出たときは、焦って周りを見渡す。

こんな風になったのは、60代中頃かな。前にも書いたと思うが、高齢者で胃の調子が悪いという人が多いのは、パン食が増えたからだと言っている医者もいる。調べてみたら、胃や腸の癌の人達はパン食の人ばかりで、パンをほとんど食べない人は癌になっていないという。毎朝、パン食にしているので小麦粉のパンをやめて、米粉パンにすることにした。

米粉パンに変えてから、驚くほど胃の調子が良くなった。ほとんど毎朝、いい便が出るようになるし、ガスも嘘のように出なくなる。それで、間違いなく小麦粉アレルギーなんだと分かる。小麦粉のグルテンという成分は糊みたいなもので、胃腸の壁にベッタリ張り付くと言われている。これが悪いらしい。

 

      

そんなことで今は、米粉パンを食べていて、以前はAmazonで米粉パンを買っていた。しかし、生産が本州なので冷凍便で来るので送料が高く、価格が高い。それで、道内の米粉パンを作っているところを探し、やっと富良野の米粉パン専門店を見つけた。価格も、Amazonよりかなり安い。これはいいと思っていたら、旭川に移転して昨年末からまだ開店していない。仕方なく、またAmazonで買っていた。

その内、これは自分でホームベーカリーを買って作った方が安上がりだし、色々とメリットもあると思ってきた。「米粉パン作りに適している、ホームベーカリーの機種は?」と、ネットで検索したら「シロカ」というメーカーの「SB-SD151」という機種があった。価格は、9,980円だった。これなら、自分で米粉パンを作ったら、材料費も含めても3~4ヶ月で回収できると思って買った。

実際に作るまで、準備のための日数が結構かかった。何と言っても老人性うつ病なので、いざ腰が上がるまでに時間がかかる。少しずつ少しずつ、やって行った。youtube動画で、ホームベーカリーの米粉パンの作り方がたくさんあったので見てみた。100均で、ミトン、ゴムヘラ、焼き立てパンを乗せる網、水の計量カップを買った。Amazonからは、デジタルはかり(0.1g単位の)、パン切りナイフ、水温を測る温度計を買った。

 

         

いよいよ、午前中から米粉パンを作りを始めようと思い、砂糖や塩、ドライイーストを測って入れる容器がそれぞれ必要になり、探してみたら有った。その各容器にデジタルはかりで、材料を測って入れた。ドライイーストは軽いので、その辺に飛び散らかった。一番最初に入れる水は、部屋の温度が20℃くらいで、水温は18℃くらいだったので、そのまま入れた。室温が25℃以上だと約5℃の冷水、10℃以下だと約20℃の水、上記以外は約15℃~20℃というのが基本だ。室温が20℃だと、どうなのか?

ホームベーカリのスイッチを入れてから10分で、粉落としという作業があり、ゴムヘラで容器の中の飛び散った粉などを取る。そのとき、中心に撹拌されている米粉等を、ゴムヘラでもっと混ぜたら良かったのかもしれない。というのは、出来上がりを見ると発酵し過ぎなのか、パンの中が空洞になり、少し生渇きで臭いがした。まあ食べれないことはないので、もったいないし、食べることにしたが、端っこをちぎってオーブンで焼いて食べたら美味しかった。

 

最初はこんなものか。(笑) 米粉パン作りは、こうした失敗作が多いようで、満足な出来になるまで時間がかかりそうだ。また来週末に作る予定だ。孫の自転車整備もそうだが、少しずつだが物作りの意欲が出て来た。休日に寝てばかりいる生活から、少しずつ抜け出して来ている。ずっと寝たきりだったのが、80代でミシンでバックを作ることに目覚め、生きがいを持ってやっている人も居る。自分も70歳になったが、まだまだ色々なことに挑戦して、楽しく張り合いのある人生を生きて行こう。

「白内障手術、やりました!」

右目の白内障手術をやった。かなり右目がぼやけていて、あまり進行すると手術も面倒になると書いてあるのを見て、これは今の内にやった方がイイと思った。スマホも結構見てるし、パソコンなどは家に居るときはずっと見てるし、本もたまに読む。今までは、常に右のメガネが曇っているような状態なので違和感もあり、目が疲れた。ということで手術をすることになり、ずっと通っていた眼科の個人病院ではなく、今回は違う個人病院にした。

今まで通っていた病院の先生は、物静かで話もよく聴いてくれる良い先生だ。しかし、手術も術後の手当てもかなり慎重で、術後の規制や通院の日数がかなりかかるのが難だった。ちなみに、術後に眼帯をしたまま運転をして良いかと看護師さんに聴くと、「絶対にダメです」と強く言われた。しかし、今度の病院はダメとは言わない。結局、今回の手術の行き帰りにタクシーを頼んだが、往復で5千円もかかった。車を運転して行けば良かったと、愕然とした。 

翌日の診察は、眼帯をして片目運転で行った。視力検査も化膿の検査も大丈夫だった。ただ、手術した目の右側がキラキラと点滅するので、先生の診察のときに話したら「慣れるしかないですね」とのこと。いい加減だな。(笑) 右目のくもりはなくなったが、ぼやけて見えてパッとしないときもある。眼鏡を作り直すにしても、約1ヶ月経ってからでないと安定していないのでダメだと言われた。もう少し待とう。

                  

ちなみに片目運転は、交通違反で警察に捕まるのかと心配していたが、もう一人の管理人がネットで調べてくれて、「片目の視力が、0.7以上あれば大丈夫です!」と教えてくれた。それまで、メガネの上からかける大きなサングラスをして運転しようと思っていた。そういえば、田舎で片目にずっと眼帯をしていたオジサンがいつも運転していたのを見ていたので、「片目運転でも違反にならないんだなあ」と思ったことがあった。

手術が終わってから、少し離れたところに「ほっともっと」があったことを思いだし、弁当を買って帰ろうと思って、寒かったが歩いて行った。ところが、そこではなくて、カレー屋の「ココ壱番屋」があった。仕方なく、ここで昼飯を食べることにした。思い切って、千円近いカツカレーにしたがこれが大失敗で、カツは人口肉かというくらい味気なかった。そこから、またタクシーで帰ったが、来た時と同じ女性ドライバーだった。      

      

そういえば、手術のことを書いていないが、朝9時45分に病院に行き、瞳孔を開く目薬などを3回ほどさしてから1時間後に、手術室の待合室に呼ばれた。上の服を脱いで手術用の服に着替えて、頭に紙の帽子の様なものを被せられて、耳に綿を詰められて、隙間から水が入らないように紙テープで数カ所留められた。手術中は水で目の中を何度も洗浄していたので、その為だった。

手術室には、左側に大きなモニターがあって、そこからだと思うが「ピーポー!パーポー!」と、変な電子音が手術中ずっと鳴っていた。何なんだろうと手術中にずっと考えていた。眼圧とかそんなことなのか?それとも先生の個人的趣味か?ということはないだろうな。

顔全体に布を被せて、手術する右目だけ布が開いていて、右目をなにかで押さえて開きっ放しにしていたようだった。だから手術中はずっと訳の分からない光や、明かりが見えていた。20分間の短時間ではあるが、手術というだけあって簡単なことではないなあと思った。 目がだいたい回復し、ボヤケてるのが無くなったので心機一転、これからまた頑張りたい。

「暖かくなって、やる気も出て来たゾ!」

積もっていた雪もほとんど溶け、道路は舗装が出ている。やっとだ。ついに、待ち焦がれた暖かい季節がやって来る。パート先マンションの午前中の廊下掃除は、1階から9階までで2棟ある。廊下の窓は後で付け足したそうで、簡易なプレハブ用の窓らしい。だから、冬季間は外にいるくらい気温が低い。

窓ガラスは全体がしばれてしまい、氷の結晶が見える。それが少しでも暖かくなると、溶けて廊下に流れてビショビショの大洪水になる。当然、結露もすごい。去年、両棟の4階から9階まで、専用の窓と取り替える工事をやった。予算の都合で、1階から3階は、そのままだ。だから、両棟の1階から3階が、今でも大洪水になっている。

ということで、冬季間は極寒の廊下を掃除することになる。耳当てをして、防寒手袋の下にさらに薄い絹の手袋をもう1枚履く。それでも、手が冷たい。鼻水が出て止まらなくなる。何度もティッシュで鼻をかむが、キリがないので汚いが手袋でサッと鼻水を拭う。 週4日の仕事が終わると手袋を家に持ち帰って、洗濯する。それが段々と暖かくなって、耳当てが必要なくなり、手袋も薄いものだけで良くなり、鼻水も少なくなった。

         

今、暖かくなったので、木工室で下の孫の御下がりの自転車を改良している。ハンドルが錆びだらけで、グリップも壊れているし、ベルも劣化して汚れてる。よく見ると、自転車のあちこちの塗装が剥げて、錆びている。これらを少しでも良くしようと思って、やってみた。錆落としの液体や塗装の油性黒スプレーも、ホームセンターで買って来た。グリップとベルは、Amazonで買った。

この改良が思いのほか上手く行き、段々と楽しくなって来た。孫の驚く顔を想像すると、嬉しくなる。上記の改良はだいたい終わったが、そうなると他のところのアラも目に付いてくる。今度は、ハンドルのブレーキやギアチェンジのところの樹脂のクスミが気になって来た。ネットで調べたら、「樹脂光沢復活剤」というのがあったので早速、Amazonに注文した。 これで、テカテカに磨いてやるつもりだ。

さらに、新しい管理人にそのことを話してたら、座るサドルも交換したらどうかと言う。実は、サドルの後ろ側が少し破れていて、修理するのは無理だと諦めていたが、成程、交換すれば良いのか! すぐ、Amazonに注文した。良さそうなのが、2,000円であった。ベルとグリップで、約1,300円。 さらに、錆落とし液と黒スプレーで約3,000円。ただし、錆落とし液と黒スプレーは、まだまだ使える。

後はサドル交換や、ギアやチェーンに潤滑油をさすだけ。

下の孫の自転車が終わったら、今度は上の孫の自転車を見てみるつもりだ。但し、上の孫の自転車は去年の春に買ってやったばかりで、それほど痛んでいないはずと思っていたが、よく見てみると少し塗装が剥げたりしている。やるしかない。(笑) それにしても、孫の自転車の改良がこれほど遣り甲斐があり、楽しいものだとは思ってもみなかった。これから毎冬、我が家の物置で預かることになるので、その度にメンテンナンスしてやろう。楽しみが出来たゾ~。

「これからどうしようか?」

今のマンションの管理人で働いて、来月で4年間勤めたことになる。あっという間に、4年も経った。 そして、最初からずっと管理会社の担当者だったA氏が、昨年11月で他の会社に引き抜かれて辞めた。その後、入社3年目の女性Bが担当になった。しかし、今年1月いっぱいで辞めた。

原因は、前任者から仕事を引き継いだが、あまりのずさんさにノイローゼ気味になり、辞めたという。当然だった。まず、驚くことに入居者のデーターがほとんど本社に無いという。さらに、駐車場を契約している人のデータも無いという。管理会社なのに、そんなことが有るのかと驚いた。その他、放っておいた問題が山積みだった。それが、担当している他の4つほどのマンション全部だったから大変だ。

前任者のAに、何度も何度も新たに入居した住民を知らないと色々と困るから、入居者表をもらえないかと再三頼んでいたが、なかなかもらえず、やっと2年前にもらえた。そして、駐車場の一覧表も。 後任のBさんは現在、誰が入居しているのか、退去しているの分からないと言う。本社に、そのデータが無いのかと聴いたら、無いという。それで、管理人室にある2年前の書類をFAXで送って欲しいと、恥ずかしそうに言った。駐車場の一覧表もと。

       

もう、信じられなかった。本社に一番大事なデータが無いなんて。前任者のA氏は、緊急性の高い漏水事故だけに精力を注いで、他のことはほとんどやっていなかったようだ。ということで、今は本社にいる女性事務員が交替で、このマンションの対応に当たっている。毎回電話すると、違う人が電話に出る。4人くらいが居て、その内の経理担当の女性が「一応、自分が担当かな?」と言っている。

この女子事務員、月に10日ほどの勤務で、毎月出る日にちが変るという。そして、勤務時間は朝9時半から、午後2時半までだ。 アルバイトやないかい! 他の女子事務員も同じようだ。というような状況で、今は騒音とか外国人入居者の問題が出て来ているが、相談してもおかしなことばかり言うし、「そうしてもらわないと困るんです」の一点張りで、訳が分からない。

入社時から一緒にやって来た担当者A氏も辞めたし、後任者Bさんも辞めた。そして、一緒に入社した管理人O氏も辞めさせられ、みんな居なくなった。自分も、ソロソロ引き時かなと思って来た。しかし、新たな仕事を探してみても、相変わらずなかなか良さそうなものが見つからない。まして、自分のような高齢者には江別市内だけでは、なかなか見つからない。

          

今ここを辞めても、代わりになる仕事がなければ生活出来ない。絶望感に襲われるが、それでも夢を抱いて前に進むしかない。倹約して金を貯めて、その金でトレードをまた始めて、いずれはトレードだけで生活できるようになりたい。パートは辞めて、自宅でトレードに打ち込む生活を夢見ている。棺桶に片足を突っ込んでいるような歳になったが、それでもまだ夢は捨てたくない。と言いつつ、久しぶりにロト7を買った。 

「一気に積もった」

札幌市が1月25日夜からの大雪で、江別市もやはり大雪になった。札幌市は約20年ぶりの1日の最高降雪量になったそうだ。26日の月曜日から自分はパート勤務で、NTTの工事業者が朝から来ることになっていたが、予定時間よりも2時間遅れて来た。札幌西区からなので、普通なら1時間で来れるのに倍もかかってる。

高速道路は通行止めになっていたので普通道を通って来て、その道中で6台の車が動けなくなっていて、それを押して救出しながら来たという。車をどけないと通れないからだ。路地など入ると、道などなくなっていて動けなくなるので、国道や大きな通りを選んで走って来たそうだ。仕事が昼過ぎに終わり、高速道路はまだ交通止めだから、また普通道で帰るしかなく、今度は3時間はかかるだろうと言っていた。

      

マンションの駐車場もすごいことになってるだろうと思っていたが、除雪車が朝早くから来ていて、だいたいキレイになっていた。ただ、除雪車が入れない狭いところは雪が残っていた。それと、除雪のタイヤショベルがダンプの荷台に雪を積んで、ダンプが雪捨て場に捨てに行くのだが、雪捨て場までの道がこの大雪で多くのダンプで渋滞していて、戻って来るのがかなり遅い。それで、数カ所に雪が山積みになったままだ。

その後、3日くらいは天気もおさまっていたが、それからまた大雪になった。前ほどではなかったが結構、降り積もった。おかげで、家に居て除雪する仕事が増えて、いい運動になった。というのは、老人性うつ病のせいで、休日は家で何もする気がしなくて寝てばかりいるので、このまま老衰死するんじゃないかと危惧していたからだ。これじゃアカンと思っていたところに大雪が降ったので、やることが出来た。天の助けか。

       

玄関、家の前面から横側の駐車場、裏の物置と木工室の間、そしてその屋根の雪下ろしと、やることが満載。女房は、昔から一切やらないので、その分やることがあって良かった。と、なんでも前向きに考えることにした。「ありがたい!」、「感謝!」と。そうすると腹も立たず、良い気持ちで過ごせる。あー、ありがたや!それにしても、玄関前くらいやれやな。5分もかからんぞ。

ただし、無理はしない。腰も悪く、去年は心臓の病気も発覚した。実際、3年前の半分くらいしか体力がなく、持続力が全くなくなった。少しやっては、ハアハア言ってる。裏の斜め向かいの家の、去年亡くなった遠藤さんは、いつも自分が屋根の雪下ろしするのを見ていて、「無理しない方がイイよ」と言ってくれた。今もそんな気がして、無理しないで適当なところでやめてる。

ウチの女房と同じで、一切雪かきをしなかった遠藤さんの奥さんが、玄関の雪かきをしている姿を最近、見るようになった。ここに来てから、初めて見る姿だ。我が家も自分が死んだら女房もそうなるのだろうかと思った。しかし以前、そうなったら雪かきの必要がないアパートに引っ越す、と言っていたのを思い出した。雪の降らないところに行け―!

今までなら1日で全部やってたが、今は半分やって終わりだ。残りは来週だ。

「こんなことじゃ、いかんな」

ここ最近、一緒に入社したもう一人の管理人が11月中で辞めさせられたり、そして何とか慣れて来た担当者も、11月末で辞めた。さらに、その担当者に代わった女性も先に書いた記事の通り、辞めることになりそうだ。そんなことが続いて、気持ちが落ち込んでネガティブになっていた。「困った、参った。俺は、これからどうしたらいいんだ?」と暗い気持ちばかりだった。

マンションで唯一の相談相手である、入居者の高齢女性Nさんにそのことで長々と愚痴をこぼしていた。すると、Nさんが「それでも、変なのが居なくなって良かったんでしょ?」と言う。ハッとした。以前は、それをプラスに考えていたことを思い出した。2人で笑いながら、「かえって良かった」と話していた。それなのに、こんなことじゃ、いかん。

会社の行き帰りの車の中で、時間潰しでYoutubu動画を聴いてたら、「松下幸之助の言葉」というのがあった。本当の人生は、70代を過ぎてからだと言っていた。確かに、自分はずっと今まで半目しか開いていなかったのが、最近やっと両目が開いて世間や人生のことを、少しずつ分かって来たような気がしていた。あの孔子だって、70にして、初めて自分の行動をコントロール出来るようになったと言う。 暗い老後が、少しパッと明るくなった。        

        

翌日、図書館で松下幸之助の本を色々と借りてみた。読んでいたら、松下幸之助は思想家の中村天風に師事して、影響を受けていることを思い出した。その本の中に名前が出ていた。自分も10年以上前、中村天風の本やカセットを買って、読んだり聞いたりしたことがあった。しかし、そのときは少しの影響はあったかもしれないが、ほとんど忘れていた。

ちなみに中村天風に師事した人は、松下幸之助や稲盛和夫や政財界の著名人がかなりいる。野球界の広岡監督もそうだが、今ドジャースで大活躍の大谷翔平も影響を受けているそうで、驚いた。大谷翔平のすごくポジティブな言動は、その影響なのだろうか。中村天風は経歴もすごいが、それに裏付けされた言葉もすごい。

中村天風の本も図書館から借りて読み、Youtubu動画でも「偉人の言葉」というのを観てみた。その中に、病気や体の不調を治すというのがあって、体の内と外を変えるということだった。ポジティブな気持ちを持つことや、姿勢を整えること、そして腹式呼吸。座禅とほぼ同じ方法だ。それと、気のことも言っている。今、自分がやっていることは間違ってはいない。ただ、やる回数や時間が少な過ぎる。        

        

自分の今の不調の第一の原因は、ネガティブな考え方と、座っている普段の姿勢がひどいことだろう。背中を丸めて足を伸ばして、ダラーンとして座ってる。そうして座っている時間がかなり多く、動くことが少ない。休日で家に居るときは、そうして座っていても、すぐ疲れて寝てばかりいる。これでは、心身ともに不調になるのも無理がない。ということで、また改めてやり直すことにした。ただ、中村天風も言っているように、楽しんでやって行きたい。

「こんな会社で大丈夫か?」

自分がこのマンションに来てから、上司である管理会社の担当者が、急に今年の11月末で会社を辞めて別の管理会社に行った。この担当者とは、自分が入社以来、3年8か月間の付き合いだった。この担当者は10年間、この管理会社に勤めていたそうだ。最初の2年間は、とにかく何か問題があって報告しても、返事が2割くらいしか来なくて本当に参った。

自分が来たときから、3~4か所の非常階段のドアが錆びついて開かず、肩が痛くなるくらい思い切り体当たりしないと開かなかった。火災や地震があって、たくさんいる高齢者や女性が非常階段から出ようとしても出られなかったら、一体どうなる? 他にも電気系統の漏電の危険がありそうなところとかもあって、大丈夫なのかと心配して報告してもほとんど返事が来なかった。非常ドアは、やっと今年直した。

報告は一応するけど、その後は一切黙っていることにした。すると、担当者が唯一対応が早い漏水のことで連絡が来ると、そのときに恥ずかしそうに「そういえば、何でしたっけ?」と言うので、以前話したことを再度説明するというパターンだった。前に送った画像も送り直してくれというので、送り直した。今年になってから、その要領が分かって来て、以前ほどストレスも溜まらなくなって来た。

     

それなのに、その担当者が急に辞め、代わりにこの会社に勤めて1年半だという40代の女性が担当になった。そして、その彼女がとてもじゃないが、自分にはこの仕事の後始末は無理だということで辞めると言っている。感じの良い人で、キチンと話を聞いてくれて、真面目に取り組んでくれる人だったので期待していた。しかし、話を聞くと無理ないなあと同情した。

前任者は、5~6件も同じようなマンションを1人で担当していて、そもそも多過ぎるのだから、漏水以外の緊急を要しない問題は切り捨てた。だから、この賃貸マンションの入居者の入退去や駐車場の契約者の管理なども、あまり把握していなかった。自分が、見たことがない人がドンドン増えるので、何度も新しい入居者の名簿や駐車場のリストを出してくれと頼んでも、出て来なかったはずだ。

今回、それを引き継いだ彼女になってから、その問題点が一気に表面に出て来た。各マンションからも、今まで前任者に無視されていた問題点が浮上して来たり、入居者情報もかなりあやふやだということが明らかになった。それで、その対応で毎日、残業残業で、とうとう社長に「自分には無理だ。辞めたい」と言ったそうだ。当然だ。

    

そんなときに、前任者が会社に来て「100%やろうとしたらダメなんです」と、彼女に言ったという。「あんたが全然やらなかったから私が今、苦労してんだ!」とは、彼女は言えなかった。 社長は彼女のスマホをもらって、代わりに各マンションから来る対応を「俺が引き受ける」ということになったらしい。社長とは新たな管理人採用のとき、初めて会って少し話しをした。まあ、この社長だから前任者もやれたんだろうなと思った。

それにしても、今まで正社員でずっと働いた会社も、パートで働いた会社にしても、やはり同じように「こんなんで、大丈夫?」と思うことばかりだった。 会社の人材の構成というので、20:60:20という法則があるらしい。上位20は優秀な人で、60は平均的な人、下位20は改善が必要な人だという。ただし、優秀な人ばかりでもダメらしい。中間や下位の人が居ることで、バランスが上手く取れるらしい。 自分も改善が必要だから、下位20だったりしてね。